ノモンハンへの旅(ハルハ川)

2003年7月 ダダルの旅のため 日本から送り込まれた XR250 ME06改 その後ウランバトル市内で盗難に遭い 警察と現地ライダーさんの協力により奇跡的に半年後に見つかり 走行距離は走っていたがほぼそのままで戻ってきましたが 預けた家の青年が酒によって 深夜走行中タクシーの側面に激突!フロントホークを大破 青年は奇跡的に擦り傷程度で済んだが 警察に逮捕され1週間の留置場へ送られたが両親が迎えに行き1日で運良く釈放された。その後日本から部品を送り 我がXRの再生に ついでにエンジンも手に入れ エンジンのオーバーホールと少しパワーを上げて 5月の連休にウランバートルに行って 組み上げ2005年7月の旅に望んだ…。

パンク修理をしていたら声をかけてくれた。バイクはロシア製
今回は フロントブレーキキャリパーボルトの脱落、パンク、なぜかトラブルが続いた…嫌な予感が…
チョンバルサンの街の入り口に有るハルハ川戦勝の碑  ノモンハン事件で使われたソ連製 戦車や装甲車が置かれてある。
チョンバルサンの泊まった トー・パンホテル
チョンバルサンのザハ(食品市場) こちらでハルハ川に行く 食料を調達
チョンバルサンのザハ(市場)にあるオートバイタクシー
チョンバルサンからハルハ川のルートに入るこのような道が
300qぐらい続く
草原に忽然と出現するゲート 国境警備隊の検問所 事前にウランバートルの軍隊から許可証をとり ここでパスポートと許可書をチェックが行われ警備は厳しい。このようなゲートが5箇所ある。
ボイル湖の近く 迷子になりそうに…出会った夕方の虹
湖上に国境があるボイル湖 モンゴル5番目に大きい淡水湖
ノモンハン事件(ハルハ川戦争)で日本軍の戦死者の慰霊碑 まだ3500人の戦死者がこの付近に残されている…
小雨が降る中日本から持ってきたお線香を上げる事ができた。その後 気持ちが楽になったのは私だけだろうか…。

資料リンク History of Modern Japan
戦争が行われた地帯 国境警備隊から道以外の所は入らないよう まだ大砲の不発弾があるので危険と注意があった。
まっすぐとチョンバルサンに向かう道 水が少ないため途中に遊牧民の姿はほとんど見られず ラクダやガゼル(鹿の仲間)たまに見かけられた タダ草原が続いた。
道は走りやすいが、豪雨があると轍は水路となりバイクでの走行は困難となる。
悪い予感は的中 チョンバルサンの手前150qあたりからかなりの豪雨があった模様 夜になりサポートの車とは離ればなれに
モンゴル人のアラダナと2台で引き返しタイヤの跡を手がかりに後を追ったが轍は予想を遙かに超え最悪な状態を体験し 深夜3時頃チョンバルサン街の明かりが見え、近くまでたどり着いたが 川にかかる橋が見つからずさまよい…遭難とはこんなものか感じたが… 転倒した瞬間 サポート車の無線が突然入り 橋の位置を知らせてもらい やっとの事で街のホテルに着くことができ2人で 1本のワインを一気に飲み干し 旅は終わりを告げた…。
ウランバートルに早めに帰ることができ 友人のアラダナが北京〜ウランバートルラリーに参加するので 車検の応援に ゼッケン52番をもらい出場へ

2005年7月 モンゴル国内でも最も東 スンベル村(ハルハ川)に行ってきました。国境警備隊の警備は厳しく検問所を5箇所ぐらいくぐり抜けたどり着いた所は今も1939年に起きた ノモンハン事件の感じが残る地で なぜか寂しさが残る旅となりました。
 雨があると轍は川のようになりバイクでの走行は困難を極め モンゴル2度目のナイトツーリングを体験し無事帰ってまいりました 同行してくれた友人たちに御礼を申し上げます。